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我が戦記 第一章  

 灼熱の太陽が沈むと共に夜空は満天の星だ。はるか北の地平線に北斗七星の柄杓が出たり入ったりしている。もうとても日本へは帰れまい。高田編成の我が部隊は信州と越後の出身者で根性があるのか、中支から続いてのビルマ侵攻作戦では、もう3年もいつも第一線だ。その間の戦死者と戦病死者は数しれない。

 糧秣弾薬は敵中にありと、補給無しに始められたインドのインパールへの侵攻作戦は圧倒的な物量の英軍が相手で、今や全く敗走千里の我々を包囲全滅しようとしている。

 もう何日も寝ていないのに今夜もまた、ロケット砲の発射で西の空が真っ赤に燃え上がる。弾着は十発くらいが一度に17メートルおきに炸裂して、息もできない感じだ。

 戦力のない連隊本部であっても、このロケット砲陣地をなんとかしなければならない。発射のときの光と発射音の差を読めば多分10キロ位の向こうではないか。作戦主任の片山大尉に呼ばれ、5名くらいの兵隊を連れてこれを粉砕して来いとのこと。つまり殴り込みをする、斬り込み隊である。しかしうまく成功しても、ふたたび戻れることはない死出の旅だ。5人の兵隊と共に、頭の中では、ゼロに凍結された感じだ。

日本兵の攻撃に馴れた敵さんは、よくよく引き付けておいて、自動小銃を何人もが腰だめて射つので、出撃したものは全滅し、帰ってきた例がないのだ。

 死を覚悟してか、全員無口で誰一人なにも言わない。ただ黙々とロケット砲の発射で真っ赤に燃える空を目指して進むのみ。6キロほど進んだであろうか、突然大変良い匂いがする。夜来香の大木に出会った。そこで暫く一息入れると、砲車の轍と共にとてつもなく大きいインド兵の靴跡が無数にある。いよいよ敵陣が近い。全員緊張感に夜目にも顔が引き吊っている。

 気が付いてみると、20メートルあまり先に2メートル以上もあるような、おおきなインド兵の歩哨が立っているではないか。多分居眠り中なのであろう。ここで銃を発射したのでは全員自殺行為になるので、私は軍刀を抜き、銃剣で刺殺するべく、抜き足、差し足、近寄って良く見ると、何と人間そっくりのシャボテンで、皆ガッカリ肩を落す。  

尚も敵砲兵陣地を目指して、何キロか進んだであろうか。突然空が真っ赤になって気が付いた。我々は陣地から10キロほど進んだと読んだのだが、発射光と発射音の差がロケット砲では違うらしく、陣地はまだ遥か先方であり、このまま夜が明けたら敵の飛行機と戦車に追いまくられ、なんの戦果もなく犬死にしなければならない。そこで、意を決して夜明け前に帰還することにする。どの兵も先程からの緊張感から急に、安堵の色に変わった。今来た通りに、引き返すのだが、なにも目標物がない。うまれて初めての、大平原だ。ただ、勘で進むうちに、来るときに出会った夜来香の大木を見つけて、死出の旅からのがれたせいか、匂いがまた一段と快く感じられる。

 ようやく連隊本部の位置を探しあてて、片山大尉に事の次第を報告する。戦況が一段と緊迫しているらしく、何とも言われずであった。

 一晩中の緊張感で眠気がいっぺんに襲ってくる。

 もう夜もすっかり明けている。その時、突然前方で銃声がする。もう眠るどころの騒ぎではない。濛々たる砂ぼこりは、敵のM2戦車だ。5輛や10輛ではない。30位に見える。あの辺りは第三連隊と速射砲隊がいる筈だ。それが蹂躙されているのだ。戦車砲と速射砲の銃声が物凄い。戦車砲は、トン、パン、と弾着が速く、はっきり分かる。友軍の速射砲隊ではM2戦車は一瞬立ち止まるだけで、なんの効果もない。三大隊の兵士は、生きているまま引き潰されているのではないかと思われる。

 20分くらい過ぎた頃に連隊本部目指して配属速射砲隊長の少佐が片腕をブラブラさせたまま逃げてくるではないか。誰かが、あれを射たないと連隊本部が危ない。察知される。」と叫んでいる。後ろは湖で逃げる場所もない。 隊旗手は腹に手榴弾を幾つか付けて、軍旗もろとも爆破の用意をしている。もうまるきり誰も、狂乱状態だ。生きている心地がしない。速射砲隊長も見えなくなった。敵戦車の巻き起こす砂煙と砲声が渦巻きで聞こえている。これが、戦争と言うものだろうか。

どのくらいの時間が過ぎたのか。固唾を飲んで見守るうち、ようやく戦果を上げた敵の巨大戦車が引き上げて銃声も止んだ。

 隊長、副官、作戦主任が協議をしている。明日は必ずこの位置が襲撃されるに違いない。そうなれば、連隊本部は全滅だ。夜になったら4キロばかり後方の凹地へ退こうではないか、あそこは遮蔽物もあるから、ある程度安全かもしれないというのだ。

 なにしろあの巨大な戦車に立ち向かう武器は何もないのだから、如何ともしがたい。

 その夜、目指す凹地に移動して早速師団司令部へ電報を打った。ところが師団司令部の参謀は、『連隊本部がそんなことを考えているようだから、士気が阻喪する。至急元の位置へ戻れ』と言うのだ。それは、我々の全滅を意味している。トボトボとまた戻る途中、前任の笹原大佐(インパール戦で戦死)と違って大変温和な連隊長、柄田大佐は我々でも話しかけることができた。

「連隊長、いよいよ明日は玉砕でありますが、如何お考えですか。」曰く、

「わしは、少尉に任官した時、丁度シベリアで、戦死しとった筈だから明日死ぬのは何とも感じない」

私はそれ以上言葉を失った。

 この世に、生を享けて24歳、どうして同じ気持ちになれるであろうか。何としても、死にたくなかった。

また元のところへ到着した時、夜明け迄あと3時間。もう何日も眠っていない。このまま眠るか、それとも今持っている物をありったけ食べてから死ぬかと相談したところ、私の当番をしてくれている、大沢上等兵が背袋に鶏を一羽ぶら下げているから、これを食べて死のうと言うことになり、早速それを食べながら、皆の顔を見渡した。誰もが、悟りの境地に入っているのか。鶏の味も分からなく、佛の顔になっている。精神的にはもう死んでしまったのだろうか。

 真っ赤な太陽が、ジリジリと昇ってきて、今日も焼け付くような暑さだ。いよいよ今日は、敵戦車との対決の日だ。昨日にもまして、軍旗を棒持する。連隊旗手は、敵に取られないために手榴弾を幾つも縛り付けている。双眼鏡で遥か前線を伺っている者、誰も無口で心の中が、言葉としてでないようだ。

 今か今かと、目を皿のようにしているがなんの兆候もないうち、ようやく夕暮れになってきた。なんとこの1日の長かったことか。とっぷりと日が暮れてやっと我に還り、ああ助かったと思った。その後の敗走千里、行く手行く手にもう日本軍が撤退して来る頃だと思って待っている敵の落下傘部隊や機甲部隊。昼はジャングルにもぐり、夜だけしか行動できない惨めさ、負け戦とはこんなに悲惨なものなのか。3年前の侵攻時とは天と地の差だ。

 ラングーン1番乗りした我が部隊も、約4000名のうち3426名が死亡しており、これから先は一握りの籾と岩塩と火の種がなにより貴重品になろうとは。食糧は野草のみだ。

 第二章に続く

photo・Ritsuko Ishii 


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